引きこもりのブログ

引きこもりのブログ

誰かの足跡をたどる

f:id:APPLE1234:20170405012935p:plain

 俺が一人で思いついたことって、大抵だれかがブログに書き残しているし、俺が趣味で独学していたものごとも、はるかに高度で分かりやすい入門書が書店に並んでいる。

 そんなものに出会うと、ちょっとの間、自信が揺らぐ。俺の過ごしていた時間の薄っぺらさと、先人の過ごした時間の濃密さを比べて、一人で落ち込む。むろん、相手は頭の切れるブロガーだったり、博物館長を務める立派な学者さんだったりする。対して俺はただのひきこもりであって、はなから勝てる勝負ではないのだ。それでも、「先を越されていた」という無念さや屈辱は消えることがない。

 結局、俺は先人の足跡を辿っているだけなんだな、と何度も思う。そしてこの悩みさえも、多くの若者が抱えて歩んだ(ともすれば、未だに)ものなのだ。

 

 極端に言えば、遺伝子をもって俺は自分だけの道を歩いているのだし、その対極を見れば、人間として生まれた誰もが死に向かって進んでいる。でも、俺はそんな悟りチックな考え方は到底受け入れられなくて、一人の人間として、周りと足元を見ながら歩んでいる。

 そんな人生でも、やはり「自分が遅れをとっている」と思わせるものがやってくると、身構えてしまう。どこかプライドを掠るものがある。

 そんなものを恐れずに、何にでも挑戦できるようになりたいと何度も願ってみたけど、どうにも上手くいかなかった。多分根っこの部分がそうできてる。

 原始人に生まれたかった。ピルグリム・ファーザーズになりたかった。アームストロングとして月面に降り立ちたかった。

 誰かの足跡を見ることがなければ、こんな思いもしなくて済んだ。

「影キャ」という言葉

 あれって気にしてる人には「デブ」「ブサイク」並みに刺さる言葉だと思うんだけど未だに駆逐されないよね。

 なんで?